未来の価値

第 63 話


ナナリーは問題児だった。
純真無垢、穢れを知らない乙女。
ルルーシュの妹でなければ、C.C.と一緒に連れて行ってもいいかな?と思ってしまうほどの聖人。こんなにまっすぐで真っ白な人間を今まで見た事がなかった。これはきっと視力を失い、自分で歩くための足を失った事が大きいのだろう。汚いものを見ることなく、醜いものを知ることなく、周りから大事にされ護られ続けた可愛い可愛いお人形。
唯一で最悪の汚点はルルーシュを溺愛し、盲信し、兄のいない人生など考えられない。兄さえいればいいという歪んだ思考の持ち主だったこと。同じ両親を持つ兄に向けるような思考にしては歪んでいる。それは間違っていると言っても聞き入れることにないほど強固な歪み。
あのルルーシュの歪んだ愛情と、妹を縛り付ける独占欲がここまで純真で純白な狂った人間を生み出したのだ。・・・その歪みが正されればどうなるだろう?きっと自分を正しく導いた者に、歪みから開放してくれた救い主に、その美しい愛情を向けるだろう。
・・・つまり、僕に。
C.C.とナナリーを救い出すためにルルーシュという害悪は排除し、その歪んだ汚らわしい洗脳を消し去り、彼女たちの目を覚まさせなければ。

そう思っていたのだが。
歪んだ兄妹の歪んだ思考は簡単に操れなかった。
ただ純真無垢なだけなら兄の醜悪さに目を覚ますはずがこの歪みが邪魔をする。
父を殺し祖国を滅ぼしたいなんて危険思想を知った上でナナリーは受け入れている。悲しい事だと考えていても、それだけの事を父がしたのだと認めてしまっている。兄を盲信するがゆえに肯定はできなくても否定しない。今ここでルルーシュが放っている本物の殺意さえナナリーは気づいていないかのように流してしまっている。
これだから狂人はたちが悪い。
おかげでこれだけの情報があっても何の役に立たない。

ギアスに関しても、シンジュクで命を狙われたときに得て使用したが正当防衛の範囲。そしてスザクを救うためにその力を行使し、クロヴィスに会うためにも力を使い、その後ナナリーの安全を確保することに使ったのを最後にギアスは使っていない。この男が補佐となってからエリア11の改革は一気に進んでいたからもっとギアスを使い理不尽に人を操っているかと思えばギアス無しで事が進んでいるなんて。それなのにこの男の望むままにこの国は動いている。なんて腹立たしい。
クロヴィスや親衛隊をギアスで殺していたらまた違ったのだが、誰も死んでいない。結局、どれもこれもナナリーを動揺させるには弱すぎる。

ブリタニアの総督補佐となってからは更にブリタニアに対する憎しみが増しているが、それを伝えた所で大きなダメージにはならない。
これらを利用しナナリーに嘘の情報を語る事は可能だが、ナナリーは体の不自由と引き換えに嘘を見抜く力を身に着けたらしく、嘘だと気付かれればこちらが不利になる。

なんなんだ??こんなはずじゃなかったのに。
ルルーシュは悪魔のような男のはずなのに、こんな凶悪なギアスを手に入れているのに、悪辣で残虐非道な事をした情報が引き出せないなんてあり得ないだろう!?
混乱しはじめている自分を叱咤し、口元に笑みを浮かべた。サングラスをしているから、こちらが動揺している事は相手にはまだ気づかれていない。落ち着け、やはり崩すべき、いや、壊すべきはルルーシュだ。こいつ自身にぼろを出させ、この状況を覆せばいいだけ。そう、いつも通り簡単な話だ。



ルルーシュは辺りを一瞥し、周りに置かれた物から状況を一瞬で把握していた。映らないモニターがC.C.の監視用だという事も、ナナリーが身につけている見覚えの無いブレスレット。これはナナリーと咲世子がここから逃げ出せない原因だろうと検討をつけていた。
そのほんの一瞬の思考にマオは怖気だった。ほんの一瞬だ。その一瞬で100を超える可能性を思い描き、一瞬でその中から可能性のある数個まで絞り込むなんて芸当をする人間に今まで会ったことなど無い。・・・だが、所詮その程度。
全ての思考を読める僕の敵ではない。一瞬でいくら可能性を思い描いても、最後に選ばれたものがなにかわかりさえすれば問題はないのだ。
・・・必要なのは動揺させること。
心の隙を作り、絶望させること。
どれほど頭の回転が速くても、頭で考えて動くタイプのルルーシュは、思考を読むギアスには勝てない。

まあいい、僕が心を読めるのだとナナリーと咲世子はすでに信じている。
ルルーシュもだ。
使える情報がないなら、作り出せばいいだけ。

「妹を死んだことにした理由は、ナナリーを護るためじゃなかったんだ?へー?ぜーんぶ自分の為だったんだね。だって見てみなよ?皇族に戻ったら殺される?どこか?ルルーシュは無事に今も生きているし、皇位継承権5位なんて地位まで手にしている。なのにナナリー、君は今や奴隷だ。本当は君だって皇族なのに、奴隷の娘にされたのは、こいつが本当は足手まといの妹を疎んでいたからだよ」
「違う、俺は」
「違わないよ。・・・まだわからないのかな?僕の前で嘘は意味がないんだ」

ただ、僕が話す言葉が、真実とは限らないけどね。
マオはアハハハハと楽しげに手を叩き笑った。
ようやく、ナナリーの心に、動揺が走った。
兄に愛されている自信がある。
だが、兄の足手まといになっている自覚もある。
足手まといの自分を不要だと考えた可能性は、ある。そう思ったのだ。

「そうだな、お前の前では嘘など意味はないだろう。だがそれは、お前自身が嘘をつかないという意味ではない。嘘というのは、僅かに真実をおり混ぜることによって、信ぴょう性を増す事が出来るが、お前の言葉には」

ルルーシュが淡々と言葉を紡ぐ。
せっかくの動揺が、その声とともにかき消されていく。

「うるさいな、お前これが見えないのか?」

そう言ってちらつかせるのはナナリーの爆弾のスイッチ。
押されたくなければ黙っていろという明確な脅迫に、ルルーシュは舌打ちをして言葉を切ったが、それでナナリーは悟った。マオの言葉が嘘なのだと。
でなければ、兄の言葉を人質の命を盾に止めるのはおかしいのだ。
心の中を覗かれ、全てがさらけ出されているのは事実だとしても、真実を口にするかは別なのだから、兄の言葉以外信じる価値はないとナナリーは思った。その心は当然マオにも伝わり、マオはナナリーを睨むと苛立たしげに顔を歪めた。

「父親を殺すためにブリタニアの内部に入るなんて面倒な事をしないで、ギアスを使えばいいだろ?その力があれば全員奴隷にできるんだから。ああ、ナナリーは知らないのかな?君の持つ悪魔の力を」
「奴隷の次は悪魔か。お前はどうやら厨二病とかいうやつらしいな」

ルルーシュは呆れたように言った。

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